紀州屋良五郎の大衆演劇・上方芸能 通信 はてな版

大衆演劇については全国の劇場や公演場所に出かけ、その地での公演の所感・演出効果・劇団の印象を綴ります。さらに大道芸や上方落語、講談、音頭、漫才、見世物、大道芸、放浪芸、映画評についても思いつくままに書き留めてまいります。 末永くのおつきあいをよろしくお願いいたします。

▩ 映画『寛解の連続』を見た

〇 まいどおおきに〜映画メモでおます

 

予告編


 

 

 

 

 

 

寛解の連続

2019/日本/112分

監督光永惇、市和浩

出演小林勝行

公式サイトhttps://kankai-movie.com/

 

『絶望を、変えていけ』兵庫県神戸市在住、躁うつを生きるラッパー、“小林勝行”。その創作=生活に密着したラディカル(徹底的)・ドキュメンタリー[寛解]かんかい病気の症状や徴候が一時的に軽快した状態、あるいは見かけ上、消滅して正常な機能に戻った状態。 (日本大百科全書より)兵庫県神戸市出身のラッパー、小林勝行。2011年に発表した1stアルバム『神戸薔薇尻』で日本の地方都市に生きるアウトローの半生を生々しく描き、一部批評家やリスナーから熱狂的な支持を集めた彼は、その後の活躍を期待されていた矢先、活動を休止する。それから数年後、小林勝行とカメラマンの光永惇は彼の入院していた精神病院に来ていた。—小林勝行が自身の抱える躁うつ病や隔離病棟での体験、障がい者介護に従事する日常、信仰する宗教のことなどをテーマにした2ndアルバム『かっつん』を発表するまでに密着した、記憶の記録。 制作に6年の歳月をかけ、不世出のラッパー、小林勝行人生と創作に焦点を合わせたのは、今作が長編初監督作となる光永惇。誰からも頼まれていない映画製作を一人で貫徹した彼にそこまでさせたのは、小林勝行の音楽への惜しみないリスペクトと、ともに過ごした時間の重みだった。 ラッパーのアルバムのメイキング・ドキュメンタリーとして出発した『寛解の連続』は、軽自動車で小林勝行の記憶をめぐる旅に同行するうち、カメラを、観客を、思いもよらぬ地平に連れて行く。小林勝行という一人のラッパーの記憶は、いつしか神戸という街の記憶にオーバーラップし、絶望も希望も真剣に語るその表情は、鏡のように観る者を映し出していく。―

 

〇 私の見たままを感じるままに  〇

 

寛解という言葉は医学の欺瞞的なことばだ。

とかく日本の精神科医療は完治ということばを使いたがらない。

 

これは「精神の病」の研究・発展がどこかで滞留しているからに違いない。

だから、なにかあったらを恐れ、一時的に治ったことにしておくという欺瞞だ。

 

主人公・小林勝行は治癒を「寛解の連続」という表現を使った。

うまい、さすがラッパーだ。言葉が息をしている。寛解の連続=解決=完治といってよい。

そうして一回切りの人生に区切りをつけ駆け上がる。とっても大事な生き方の知恵があることを教えてくれた映画である。

 

ラッパーといえば私の中ではSHINGO★西成の存在が大きい。このたびの映画で小林勝行を知りさらにウイングが拡がった。彼にはお笑い芸人を志望したころがあったようだがラップをとりいれたシュールな笑いならナオユキだ。

 

自分に区切りをつけた彼は訪問ヘルパーの仕事につく。そこで彼が見たものはヘルパーの人達の純粋さと壁のなさと限りない優しさだった。そこで癒やされ今までの自分を振り返り歓びをえる。


彼は、ヘルパーという仕事に就くことで不安を抱えてきた「将来の結婚、家庭というものに陰を落とす躁鬱という病」に光が差し始めた。

 

その光が彼のラッパーとしての音楽活動の源泉になっているのだろう。

 

彼は何一つ隠さない。もうひとつの光は彼が幼少期から両親がやっていた信仰である。神戸の町で父母が創価学会の信心をはじめ幼い頃から聞いてきた「南無妙法連華経」や仏教語がラップの中にも息づいている。

 

まさに彼のラップは「声仏事をなす」(日蓮の遺文にある言葉)の実践かもしれない。

声が修行=ラップ、ラッパーとして生きることが仏教実践者の表現なのかもしれない。

 

公明党の選挙を頼むことや信仰の活動も包み隠さず映像は捉えている。創価学会の会館のようすも彼の日常の一部として投影されている。タブーに切り込む映像だ。

 

不思議だ、創価学会の人達は飾らず生きる「小林勝行」のような地面から湧き出すような人間になぜもっと光をあてないのだろうか そうすれば少しは世間の評価も上がるに違いない。

 

そういえば、大衆演劇の九州演劇協会会長の橘大五郎創価学会員と聞いている。

彼が紅白に出演したとき池田大作氏が全国の職員はテレビを見て応援してあげなさいといった逸話もある。

 

創価学会というところには手垢にまみれた世俗議員や成金や利己主義のかたまりみたいな連中と思ってきたがちょっと意外だった。案外、虚飾まみれなのは宗教法人・党の上級幹部たちではないのかな

 

ラップは虚飾をコギミヨク取っ払ってくれる。実におもしろい映画を見た。