紀州屋良五郎の大衆演劇・上方芸能 通信 はてな版

大衆演劇については全国の劇場や公演場所に出かけ、その地での公演の所感・演出効果・劇団の印象を綴ります。さらに大道芸や上方落語、講談、音頭、漫才、見世物、大道芸、放浪芸、映画評についても思いつくままに書き留めてまいります。 末永くのおつきあいをよろしくお願いいたします。

▩ 映画『教育と愛国』を見た

◯ 今、ロングラン、見応えあるドキュメンタリー

 

 

◯ 教育と愛国 (第七芸術劇場サイトより引用)

2022年 / 日本 / 107分 / きろくびと 配給

監督斉加尚代

プロデューサー澤田隆三、奥田信幸

語り井浦新

公式サイトhttps://www.mbs.jp/kyoiku-aikoku/

ひとりの記者が見続けた “教育現場” に迫る危機
教科書で”いま”何が起きているのか?
いま、政治と教育の距離がどんどん近くなっている。軍国主義へと流れた戦前の反省から、戦後の教育は政治と常に一線を画してきたが、昨今この流れは大きく変わりつつある。2006年に第一次安倍政権下で教育基本法が改正され、「愛国心」が戦後初めて盛り込まれた。以降「教育改革」「教育再生」の名のもとに、教科書検定制度が日に見えない力を増し ていく。「日本軍」慰安婦沖縄戦を記述する教科書を採択した学校に押し寄せる大量の抗議ハガキ。政治介入ともいえる状況の中で繰り広げられる出版社と執筆者の攻防はいま現在も続く。
本作は、歴史の記述をきかっけに倒産に追い込まれた大手教科書出版社の元編集者や、保守系の政治家が薦める教科書の執筆者などへのインタビュー、新しく採用が始まった教科書を使う学校や、慰安婦問題など加害の歴史を教える教師や研究する大学教授へのバッシング、さらには日本学術会議任命拒否問題など、大阪・毎日放送MBS)で20年以上にわたって教育現場を取材してきた斉加尚代監督が、「教育と政治」の関係を見つめながら最新の教育事情を記録したものである。教科書は、教育はいったい誰のものなのか……。

2017年度ギャラクシー賞・大賞を受賞した話題作が、最新取材を加えついに映画化!
2017年にMBSで放送された番組「映像'17 教育と愛国~教科書でいま何が起きているのか~」は、放送直後から大きな話題を呼び、その年のギャラクシー賞テレビ部門大賞、「地方の時代」映像祭では優秀賞を受賞した。2019年に番組内容と取材ノートをまとめ書籍化(岩波書店刊)、2020年には座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルで上映もされた。 これだけ長く注目され続けるのは、多くの人にとって教科書問題が身近であり、またこれからの社会を考えるうえで「教育と政治」の関係が重要であるという証左ではないだろうか。いくつもの壁にぶち当たりながらも追加取材と再構成を敢行し、語りは俳優・井浦新が担当した。いまあらたに証生した映画版「教育と愛国」がいよいよ劇場公開となる。

 

◯ 予告編

 

 

 

◯ 私の見たまま・感じたまま ◯

 

感慨深く見た。私はかつて東京書籍に勤め教科書・副読本の製作編集、採択の営業に携わったことがあるだけに興味は尽きない。(つくる会の本が現れる以前の頃だ)

 

時代の変化は甚だしいな。とくに、安倍政権時代にこんなにも教育が変質していったのかがよくわかる。いわいる、白表紙本(検定前)の修正意見の攻防は編集者の戦場だった。

 

そのぐらい、まだ上とやり合う自由があった。でも執筆者の趣旨と本社の営業の間での駆け引きはストレスの多いものであった。私の時代、まだ日教組に力が合った時代だ。採択の現場の半分は、どの科目によらず左翼的な考え方に力があった。

 

文科省との落とし所が探れる時代だった。勿論、忖度は当時からあった。が、まだ学問の自由、教育権の自由、現場教師の意見が通る余地があった。それが、安倍時代の八年で法改正、通達、官僚人事権のコントロールで教育は変質していった。

 

この映画を見ると気づくことがある。それは、政治が人作り=教育に深く関与し始めるとろくなこはないということだ。憲法を変えることがあるとすれば教育権の独立だ。立法・司法・行政・教育。

国の権力のなかに教育に独立した地位と権限を与え未来の世界をになう人達を育むことを憲法改正議論の中心に据えたらどうかと提起したい。